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恐らくは繁忙期に資材や備品の保管庫としてでも使われるような空間なのだろう、
今日のところはがらんとしている殺風景な搬入口奥にて、
壁に嵌められた格好の、平板な鋼の扉が二枚合わせになった戸口と向かい合う。
警備員のおじさまから預かった鍵を使って錠を解けば、
それなり遮られていたのだろう、ヴウゥンという唸るような低い物音が
途切れないまま数種ほど入り混じって漏れ聞こえ。
壁をまさぐり指先が辿り着いた照明のスイッチをぱちりと入れれば、
素早く灯された蛍光灯の乾いた明るみが無機質な室内を照らして暴く。
燃費や都市災害に伴う大規模停電なぞを想定すれば、
施設内の動力は、全部を電力稼働に統一しないで
部分的にガスや重油で稼働するタイプも併用した方がいいのだが、
様々な遊戯施設やテナントが入り、
巨大客船などに使われよう比喩、町一つが丸ごと収まっているよな
此処まで巨大な宿泊施設ともなれば、同一動力で一括管理した方が混乱はないらしく。
「ああでも稼働音がするから、
ロビーや各階の廊下なんぞの空調は旧式のを使っているようだね。」
冷暖房用の温水冷水の主栓パイプに手を当てて、太宰がふぅんと感心する。
細身の女性のウエストくらいはありそうな太さのパイプが縦横に幾本も壁に沿って這っており、
闇だまりのような影を室内にまだらに落としている。
柱のように見えるそれら、恐らくは此処の壁の向こうのボイラーにて
中を通る水の温度調整を成されているのだろうと見越し、
パイプからの放熱が影響しないようにか
大して物は置かれてない、それでも結構な広さの空間を見回してから、
サーバー室のように壁沿いに幾つも居並ぶユニットの扉を、さてと見やった太宰だが。
「そういや芥川くん、キミいつの間に爆発物解体のスキルを得ていたのだい?」
同じ案件で此処に来ていた漆黒の覇者殿だというところまでは話を突き合わせていたが、
ふと思いついたように、傍らに立って周囲を見回していた黒衣の青年へそんなことを訊いている。
ポートマフィア最大火力かも知れぬという戦闘異能力から、
結構な有事であるというに
だからこその単独行動も彼には珍しくないことと解釈出来もするけれど。
とはいえ、こたびの“有事”はちょいと特殊だ。
一つしかない光源に背を向けたせいで、彫の深めな端麗なお顔へ影が落ちたまま、
深色した双眸をひょいと元教え子へ太宰が向ければ、
「? そのようなスキルなど、身に着けてはおりませぬ。」
質問へ質問で返すのは礼儀に背く態度だと知っているからか、平板な語尾でとどめた彼だが、
やや眉を寄せての “何を訊いておられるのか判りかねる”という不思議そうな表情なのが見て取れて。
敵対勢力の顔となりはしても、かつての上司で今でも慕う師匠を相手に、
もしかして不遜かも知れないほど、あからさまに不審そうな顔をしたものだから、
「此処には君が一人で来たのだよね?」
「是。(はい)」
「索敵とか先乗りとかじゃあなく、今回の案件に一人で対処するためだよね?」
「是。」
「このエリアに何人かで来ていて、
発見し次第 連絡を取って落ち合うような仕儀でも無いようだよね。」
「是。」
太宰がそれは丁寧に執拗に確認をとっているのを、
芥川が一つ一つ丁寧に応じ、敦も何て慎重な確認だろうかと見守っておれば、
「じゃあ、爆発物が見つかったならどうするつもりでいたの、もしかして…。」
「“羅生門”で黒獣に食らわせます。」
細い背中をやや弓なりに反らせ、痩躯をしゃんと立たせたまま、
それは自然にすらりと応じた青年へ、
「〜〜〜〜〜。」
せっかくの端正なお顔だというに、
口許たわませ、しょっぱそうな顔になった太宰の傍ら、
微妙な間をおいてから、
白い両手を胸の前でぽんと合わせて、
「…そっか。凄いんだ、羅生門。」
朗らかに感心する敦だったのへも、
同じような情けない顔のまま、訝しげな視線を向けた教育係様、
「二人ともちょっと待ちなさい。」
確かに彼の異能“羅生門”は、
怒涛のような勢いで弾丸でも炎でも食らう黒獣を放つという代物で、
盾として発動する“空間断絶”でのガード以上に強烈だというのは
太宰もようよう知っている筈だったが、
「爆弾だよ?どんな規模のか知れぬのに、」
外へ、いわんやキミ自身の身へ響かないというのはどういう証左があって言ってるの?と、
手首へ包帯が覗くが、それをもってしても頼もしい両の手を
外套にくるまれた双肩へ乗せたそのまま縋りつく勢いで掴み締めた太宰なのへ、
「10台以上の機関銃の掃射、
対戦車対応 携帯砲座の弾丸を飲んだ実績もありますゆえ。」
一個師団級の武装をこちらは単騎で相手したらしいこと、淡々と紡ぐから恐ろしい。
「そんな実績どこで積んだのっ。」
前半はともかく後半のは自衛隊とでも一戦交えたのかと、
ますますとお顔を引きつらせた太宰を相手に、
「ロシアンマフィアやチャイニーズマフィアはそのくらいの装備を…」
そういう対峙あっての身についたスキルですと、
逆上がりはとうに出来るようになりましたよと言わんばかりのあっさりした報告へ。
手は相手の細い肩へ乗っけたまんま、元師匠が がぁっくりと自分の肩を落とした。
「…せっかく冷徹鋭利な風貌してるのに、
小難しい言葉もいっぱい知っていて、
例えば私がそうだったように、冷酷な知性派で通せそうな外見なのに。
何で中身は中也と同じ大雑把になっちゃったのっ。」
それはきっと直近の育ての親が中也さんだったからでは…と、
敦くんにしてみればそこもまた羨ましい限りな環境のなせる技なのは明白で。
「ううう……。」
たとえばこの場に、事情は知るもののお仲間ではないよな存在が居合わせたなら、
こんな危急の最中に何を暢気な会話をしていることかと思われそうだが、
ややふざけたような会話の内容とは裏腹、実は微妙な目線のやり取りをしている彼らでもあって。
自分の体の陰で懐まで持ち上げていた手の先、指だけを動かし、
太宰や芥川が何事か示すのへ敦が頷く。
いつぞやに先輩格が用いていたそれを少しだけ学んだ、独自の手話もどきを使って、
声に出してのやり取りとは別口、
そっちこそが重要だろう情報交換をさりげなく交わしていた彼らであり。
まだ慣れない虎の子くんが
両方の会話を辿る不器用さから手間取ってしまうのがまた、
絶妙な間として消化されつつの途惚けた会話の裏っ側で、
《 4時の方向にひそんでいます。一人ですね。》
最初に気づいたのはこれでも敦であり。
モーターやボイラーの稼働音や冷たいコンクリに冷まされた空気しかないはずが、
何かの気配がすると視線をきょろきょろ泳がせ始めて。
あとの二人がどれほど目を凝らしても判らぬが、
それでも…会話の傍らという器用さながら、そういう方向へも特化させた意識を冴えさせれば、
成程と納得したほどにその“事実”を掴めたところが彼らもまた物凄い。
《 何でもかんでも“異能”を持ってくるのは安易ながら、
現状、唐紙破りな無謀を相手にしているのだから、可能性は何でも拾わねばね。》
姿を消す異能には覚えがあるし、(“バトルバディ・ア・ラ・カルト” 参照)
そのくらいの隠し玉があればこその、こんな犯罪行為の遂行なのかもしれぬ。
単なる気配のみの存在なのに 人数まで把握しているのは
こちらはこちらで虎の異能で匂いを嗅いでのことだろう。
そうと報告する敦なのへ、
彼の異能への信あってのこと、
《 如何します? 黒獣で引き摺り出してもよろしいが。》
《 解体を済ませてからだな。》
芥川と太宰の交わすやり取りもなかなかに辛辣で。
彼らのせわしい手話でのやり取りを見つつ、敦はその不審者の気配に集中する。
やたらと走る動脈のような配管のせいで気配が嗅ぎにくいが、
それは向こうも同じじゃあなかろうか。
明かりは煌々とまではいかない薄暗さだし、
息をひそめているのは不意に入ってきた自分たちが何者かが判らないからだろか?
こちらを不審者と解釈し、何事が起きるのだろうかと震えているにしては、
“恐ろしくてたまらないっていう緊張の仕方じゃあないなぁ。”
虎の少年、気配の匂いからそういうものは嗅ぎ取れないと小首を傾げる。
そもそも この 配電室に入って以降は
爆弾の解体という文言も出はしたが、さして緊迫しもしないまま、
食わせておしまいとか大雑把だとかふざけたやり取りしか交わしちゃあいない。
何だか妙な会話を和やかに交わしている時点で、
此処の人なら、若しくは身を偽っているとしても“何用ですか”と出て来て差し支えないはずで。
そもそも、警備の人から “点検で誰かいます”という話も出てはなかったし
扉にも鍵が掛かっていたのだ、なのに中に居たなんて、
どう考えたって真っ当なホテルの人じゃあない。
むしろ、覚悟あっての泰然とした様子、落ち着きすら感じられ、
そこへ微妙に混ざっているのが、
“ちょっとばかり戸惑いの匂いがするって順番だしなぁ。”
黒づくめの青年はポートマフィアの有名人だと判るとして、
残りの二人は何だか和気あいあいとした会話が続くので顔見知りではあるらしいが
その筋の人間ではなさそうだというのが判って、何だこの状況はと混乱してでもいるものか。
……はた迷惑まき散らし組ですね、こんな場合でも。(う〜ん)
「よし、これだな。」
背後への警戒を巡らせている虎の子くんに不審者の動向は任せたか、
スチール製の配電盤の扉を開け、本題の不審物の探索へと戻る。
くるりと見回した最後、足元に置かれてあった小さな手提げ金庫ほどのユニットを見つけると、
太宰はするりと屈みこみ、その視線の先を芥川がペンライトで照らしだす。
他の扉も内部は一続きになっており、これ以外は何も見当たらないので、
此処への設置はこれ一つらしく。
此処まで深部によく置けたなと、敦なぞは内心で呆れつつも感心したが、
太宰はと言えばそれは冷静に箱を浮かせて手前へ取り出すと床へ置き直し、
懐から取り出したのは、筆記用具のような型の工具。
軸を回せばプラスマイナスどちらのドライバーにでもなるらしく、
四隅のねじを時計回りに順序よく緩め、今度は逆回しに外してゆき、
つるんと平板なだけの天板部分をそおと取り除ければ、
ところどころに銀色の小さな部品が貼りついた緑色の基盤と
カラフルなビニルの被膜が為された導線が駆け巡る、
いかにもな不審物の中身があらわになる。
箱の半分以上に詰まっているのが紙包みの塊で、
それが所謂“爆薬”にあたるブツなのだろう。
「…小さいな。」
もしかして新種の爆薬かも知れないが、それにしたって大人の拳ほどの大きさで、
こんな奥まった場所だけに、起爆が叶っていても表の皆様にその事実が届いたかどうか。
“まま、ホテルとしては何が起きたんだろうかと浮き足立つのだろうけれど。”
悪戯とは思えぬきっちり本格的な爆発物。
たとい営業には響かずとも、お客様に被害が出なくとも、
こんなものを仕掛けられたという事実は重い。
それに、自分たちへのお声掛かりがなかったら、
此処へはポートマフィアの幹部格だけが来ていたわけで。
しかも、こんな風に起動する前に間に合ったかどうか…ともなれば、
巻き込まれてこの子が怪我でもしていたら私は誰へ復讐すればいいの…じゃあなくて、
(双眸がうつろな闇をまといかかってましたが…)
「…よし、完了だよ。」
解体が終了したその安堵の刹那を縫うように、さっきから息をひそめていた気配が初めて動いた。
やはりこの爆発物の関係者であるらしく、
完璧に処理されたことで歯噛みをし、
此処のはご破算と見切ってかその身をひるがえしたようであり。
もともと戸口寄りに居たものが、
配管や配電盤、大きなバルブなどを即妙に避けて外へ飛び出そうと駆け出したのへ、
そこまでの動きはさすがに拾えたか、一番にその身が反応したのは芥川で、
「待てっ」
一歩を大きく踏み出しつつ、すかさず放たれた黒い魔獣の鋭い切っ先。
室内の半分を埋め尽くす勢いで、大量の奔流のように怪しい輩へ追従した異能の鉾だったが、
「…っ。」
ガタンと開かれた鋼の重々しい扉の前で咄嗟にしゃがみ込んで鋭利な刃を避け、
そのまま外へと飛び出した手際の良さは、相当に場慣れしていることを思わせる。
しかも、身に添わせて隠し持っていたらしい銃がこちらへ向けられ、
躊躇うことなく引き金が引かれた。
パパパパという軽い音なのは、
さしたる弾圧を期待しない、目くらましか威嚇用だからだろう。
改造されたものらしく、小ぶりだが拳銃というより小銃であったようで、
絶え間のない弾幕が張られ、一瞬、さしもの芥川もその足を踏み留めたものの、
「小癪な。」
空間断絶の楯を張り、そのまま押して行って相手へ迫る。
そう広い戸口でもなかったため、
自分が立っておればそのまま後方に居る二人へも盾になろうと思ったらしかったが、
そんな隙を突いた流れ弾が一発、
恐らくは相手も意図しなかっただろうそれが、
羅生門の守りをすり抜け、後方までつきとおる。
ハッとしたが容疑者を取り逃がしては何にもならぬ、
待てと伸ばした黒獣は、だが、
微かな動揺をおびていたものか脱兎のごとく駆け去った相手には届かずで。
舌打ちしかかった芥川の耳へ届いたのは、
「…追ってください。」
聞こえた声は、少しほど何かをこらえているような虎の少年が絞り出したそれだ。
肩越しに振り向けば、屈みこんだ太宰がうずくまる彼の肩を支えており。
「敦くんっ」
案じつつも、だが、少し怒っておいでの剣幕から察するに、
弾道の先に元から居たのじゃあなく、自分の後ろの存在を庇っての被弾かと思われて。
とはいえ、
「しゃにむに庇おうと構えたわけじゃないですよ。」
何故太宰がそんな顔や態度をしているのかは本人も重々判っているようで。
今回のは違うと言い訳する辺り、
“物慣れてしまってどうするか。”
芥川が歯噛みしたのは、自分が広げた黒獣の隙間を突かれた悔しさもあってのことだが、
明らかに足止めの牽制という盲撃ちの一発が当たっていては洒落にならない。
「虎化していなかったのですぐにという復活は無理ですが、
塞がり次第追いかけてけますから大丈夫。」
「ダメだよ、此処で待機していなさい。」
これ以上危険な場へ連れ出すわけにはいかんとし、
それが“足手まとい”になるからと解釈されてもこの際は構わぬと、
太宰にしてはやや手厳しい構えを敢えて取り、もうすでに外へ飛び出している黒い外套を追う。
そんな二人を見送った敦は、体育座りに似た恰好で身を起こし、
ジンジンと痛む脚、脛の辺りを両手で抱え込みつつも、
太宰らが駆けてった方を見やっていたのも束の間、
“…これって何だろうか”
置いてかれたことへ傷心する間もないほどに、
別な緊張を胸に抱き、不穏な心持となっている。
確かに怪しい気配は外へと逃げたのに、微妙な気配が消えないままなのだ。
というか、こちらが察知した誰かの存在感は依然として残っており、
それへと虎の感覚が依然として緊張している。
出てったじゃないか、なのにどうしてまだ匂いや輪郭は居残っているの?
「…誰かいるんですか?」
まさかまさかと不安に胸が押しつぶされそうになりながら、
それでもと振り絞った声で訊けば、
「おやおや、これはしたり、
やはりキミもまた異能を知る者なようだね。」
余裕からだろう、ちょっとふざけたような声が返って来て。
当たってほしくはなかった予感ごと飲み干すように、
敦はごきゅりと息を飲み、
その全身へ…油断すれば凍りつくよな冷気に匹敵しよう
研ぎ澄ませた刃の緊張と同じほどに、ぎりりと冴えかえった覇気を張り巡らせるのだった。
to be continued. (17.11.28.〜)
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*タイトルに“眠る”とつけといて、
全然その兆しも出てこない真昼間のシーンばっか続いて申し訳ありません。
お膳立てにこうも時間を食うとは思わなかったよ、ママン。

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